本部祭典

「御降臨祭」の祭典について及び御讃歌 (平成30年12月)

本祭典について

 

本日の「御降臨祭」の祭典について、一言申し述べたいと思います。

我々は今年六月十五日には、御経綸上における新たなる昼の時代の到来、新しい御代の始まりであると受け止めさせて頂き『新紀元祭』として祭典を執り行わせて頂きました。天照皇大御神様を現界に、我々人間側として自らの意志で以って、お迎えさせて頂きましたが、この日から一層火素が強くなり、それが浄霊力に反映して、我々を通して浄化力となり多くの証を頂きました。天照皇大御神様に御出まし頂かなければ、伊都能売大御神様の御出世も日月地大御神様の御誕生も、メシヤ様の御降臨もないわけでありましたので、正に『日の祭典』、或いは経である『五の祭典』と言ってもいいと思うような・・・そういう祭典でありました。

 

そして十月二十六日には、「伊都能売大御神様御出世奉祝記念大祭」として伊都能売大御神様を現界にお迎えさせて頂きましたが、この日を期してさらに御光が強くなり、今まで右進左退で進んできた全てのものが、左進右退に逆回転を始め、そのリズムがいよいよ世界大に拡がる、メシヤ様の世界経綸が始まろうとする時を迎えました。その為、我々の姿勢も自力を出さず、伊都能売思想を身につけるように努めなければ、御神意に沿わなくなることを学び、その実践を決意させて頂きました。そういう意味では、『日月(五三)の祭典』、天津金木でいう十字の結び、横である慈悲、水の働きと考えれば『六の祭典』とも言える祭典でありました。

 

このように今年は、我々人間の意志で以って、六月には五で日(火)の天照皇大御神様を、そして十月には五六(三)で日月(火水)の国常立尊様の御裁きの御働きもなさる、応身弥勒の伊都能売大御神様をお迎えして参りました。

そうした中、本日は、五六七大御神様の体であられる日月地大御神様を、この地球の現界(地)にお迎えさせて頂く祭典でありまして、いよいよ三位一体的力の発揮がなされる現界経綸が始まろうとする祭典であり、そういう意味では『七の祭典』と言ってもよいわけでありますが、それをもう少し具体的に言えば、日月地で地が繋がるので、天地人になってくるので、そうなると我々人間に直接様々なことが現れてくるということでありまして、左進右退の体的な表れとして、調和の取れた順序正しいリズムで、物事一切が行われるようになり、「道法礼節」がちゃんと行えるような人間に人類が更生されていく、正されていく、もう否応なしに神様の方でそういう方向に舵をきられるので、そこを意識して自分達が乗り越えていくというように、神様に合わすようにしていくしかなく、そして本当の人間に戻ることが許される動きがこれから始まるのであり、霊性の高い人間になることが求められ、それが許される、そうした転換点となる時を迎える、大変大切で重要な祭典であります。

 

昨年の祭典を振り返ってみますと、誠に恥ずかしい限りではありますが、当時は無知で何も分からなかった我々が、本来であれば御神業を担わせて頂ける資格がない状態であるにも拘らず、「日月地大御神様」の御神名を奉唱させて頂く事を許され、メシヤ様の御慈悲と御配慮の元、そうした我々を御使い下さって、長年に亘る我々人間の犯した過ちをお詫び申し上げると共に、決意を披瀝させて頂いて、この現界に日月地大御神様をお迎えさせて頂きましたが、その祭典は一言で言えば、地上天国建設の為、六十三年間ずっと待たれていたメシヤ様が、昭和でなされようとした御経綸を再開、復活させる為に、昭和(霊)と平成(体)を繋ぐために神様が御進めになられた祭典でありました。

そのように昨年から執り行わせて頂いた祭典を通して、それぞれの神様をお迎えさせて頂く事によって、私達はこれからの御神業を担わせて頂く為に知らなければならない大切な事を、一つ一つ神様から教えて頂いている、教育されている段階であったのでありますが、今年の祭典は全てそうした学びを踏まえ、我々人間側の、自らの意識と自覚を持って、心の底からお迎えさせて頂かなければならない、祭典とは・・・神様と奉り合うとは、そういうものであります。そうでなければ地上天国建設に向かうに当たり、これからの神様との共同作業は出来ないものと思われます。

また、そうであればこそ、『土の力が完全に強くなられたのが「日月地」です』との御言葉があるように、本日の祭典で、日月地大御神様をお迎えさせて頂く今からは、人間のあり方、想念(慈悲の心を持った、伊都能売の働きが出来る人間)が直接反映されますので、自力を出せば小乗となり、御神意に適わなくなるのであって、人間の謙虚さと自覚が必要になって来ます。その自覚とは一つにはお詫び、一つには決意であります。

お詫びとは具体的に言えば、昭和において人間は天照皇大御神様をお隠ししたという罪があり、そのことを自覚する事もなく平然と過ごしてきたという事と、その当時の方々の持つ罪穢れと同質の罪穢れ(自分の中にある悪の自覚と体主霊従的考え方、神の御存在とその愛と慈悲に眼を向けられなかった罪)を現在生きている我々も持ち続けており、平成に於いても同じ事を繰り返してきた罪があり、またその天照皇大御神様をお隠しすることで、これから左進右退に順序正しく御経綸を進められようとされる五六七大御神様とその体に当る、日月地大御神様の御働きを止めていた、という罪がありますので、そういう意味では、神様に対して大変なご無礼を働いており、六十四年間ずっとメシヤ様は待ち続けて下さっておられました。

 

また決意とは、「神様に帰一して御手足としてしっかり働かせて頂きます」或いは「世界救世(メシヤ)教を復興します、与えられた御用をやらせて頂きますので御使い下さいませ」という強い意志、思いを持った人間が、その御存在の御働きを理解すると共に、御存在に対して、しっかりと心を通わせてお迎えさせて頂かなければならないと思いますし、お迎えする我々が、応身弥勒の働きが出来るように、向上に努める決意も合わせて披瀝させて頂くと共に、お詫びだけでは足らないので、もう二度と同じことを繰り返さないという強い思い、悔い改める決心も併せて必要であろうと思います。そうでなければ、彌勒神様が御出世されることはないと思います。この祭典でお迎えできなければ、来年、メシヤ様にバージョンアップされた国常立尊様を我々人間がお迎えさせて頂くことは出来ません。そうなれば世界救世(メシヤ)教の復興も、我々のユートピアである地上天国建設もなくなるわけで、それほどに大切な祭典であります。

伊都能売大御神様をお迎えして、世界大に御経綸が進もうとする時であればこそ、このお詫びと決意の披瀝が必須であると理解して頂けるものと思います。

 

さらに思うことは、メシヤ様の御言葉に『火水土、日月地、天地人、三つというのは完成の数字』というのがありますが、一昨年代表が誓詞を捧げられました。そして昨年は神様に教えて頂いて何とか至らないながらも誓詞を上げさせて頂きました。そして今回で三度目です。日月地の三回目(神幽現)という神幽現が一体になる大変大切な祭典であります。

従って、本祭典においては、先に述べた罪に対するお詫びと、自分の中にある悪を自覚し、その曇りの御赦しをお願いすると共に、神様の愛と慈悲に対して感謝を申し上げ、そして自ら悔い改める決意の元、誓詞をお捧げして神様から認めて頂けるように御祈願申し上げたいと思います。

 

そうしてこの度の祭典を受けて、来年の節分祭、立春祭並びに教祖祭において再び悔い改めをお誓いしてこそメシヤ降誕本祝典としてメシヤ様をお迎えできるのであり、そしてそこから具体的に始まる地上天国建設に向かう為の世界救世(メシヤ)教復興の歩みへと繋がっていくので、本日はただの御参拝日ではなく、自分達一人一人が持っている使命を悔いなく果たす為に、メシヤ様にお詫びと感謝と、そしてお誓いをする日なのだと理解して頂いて、それぞれに誓詞を捧げ、決意を披瀝して頂ければ幸いであります。

皆様、よろしくお願い申し上げます。

 

 

十二月二十三日「御降臨祭」御讃歌 (箱根の部)

 

心(こころ)から 今日(きょう)のよき日(ひ)を 祝(ことほ)がむ弥勒(みろく)の御代(みよ)の境(さかい)なりせば

S25.2.20 大浄化

 

金剛界(こんごうかい)に 弥勒下生(みろくげしょう)を 待(ま)ち望(のぞ)む 諸善(しょぜん)諸仏(しょぶつ)や 八百万(やおよろず)神(かみ)

S23.7.1御讃歌集(初版)

 

日月地(じつげつち) 三位(さんみ)一体(いったい)の御力(みちから)を具備(ぐび)して出(い)でます弥勒(みろく)大神(おおかみ)

S23. 1. 1 新年御歌

黒幕(くろまく)を サツと落(おと)せば 我光(わがひかり) その眩(まば)ゆさに 眼(まなこ)くらまん

S28.12.23 御生誕祭御歌

 

凄(すさま)じき 火(ひ)の洗(せん)霊(れい)の 来(き)ぬるとて いと安(やす)からめ 神(かみ)にある身(み)は

S25.12.23 御聖誕祭御歌(光宝会資料)

憧(あこ)がれて 髪(かみ)長(なが)たちの 待(ま)ち望(のぞ)む 弥勒(みろく)は已(すで)に 下(げ)生(しょう)しませり

S10. 7.25 千姿万容

 

日(ひ)と月(つき)と 土(つち)の恵(めぐ)みを いや讃(たた)へ 三(み)つの御恩(ごおん)と 今(いま)ゆ唱(とな)へん

S11.6.23 三恵四恩

 

善(ぜん)が栄(さか)え 悪(あく)の滅(ほろ)ぶる 時(とき)こそは 五六七(みろく)の御代(みよ)の 始(はじ)まりにぞある

S25.2.20 大浄化

 

千早振(ちはやぶる) 神(かみ)の御(み)光(ひかり) 射(さ)し初(そ)めて 塵(ちり)も芥(あくた)も 消(き)ゆる嬉(うれ)しさ

S26.5 御讃歌集(改訂版)

 

地(ち)の上(うえ)は 黎明(れいめい)の色(いろ)漲(みなぎ)りて五六七(みろく)の暁鐘(ぎょうしょう)鳴(な)り響(ひび)くかな

S3.5.30「明光」21号